FC2ブログ
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-非日常-
2月1日 今日からいよいよブログを始めることにしました。
京都に住む勝手な建築家が勝手に語る、勝手な日記です。
皆さん、末永くお付き合いしていって下さい。

 私は、一級建築士事務所を主宰しているが、建築設計という仕事はどちらかと言うと、事務所に篭もって仕事をする時間が長い。施工が始まると現場の監理があるので、しょっちゅう行くのだが、設計(図面作成)をしているときは、どうしても篭もってしまう。それに、クライアント(建築主)との打ち合わせは、どちらかというと都合で週末が多い。
そうなると、精神的に休まるときが少なくなってしまう。僕も生身の人間。たまには鬱憤ばらししたくなるというものだ。以前毎年のようにやっていたことだが、冬に悪友たちと集って日本海の朝市に出かけ、生のカニとカキを食べきれないくらい買ってきて、仲間の庭でカニはズンドウで茹で、カキは次から次へと網で焼いて、悪友ファミリーと一緒に飲めや食えやの大宴会をしたりしていた。ときにはその勢いで、近所の人たちも巻き込んで、まるで昔から知り合いだったかのように、仲良く楽しいひとときを過ごしたこともあった。
たまには、こんなことでもしないと、気が滅入ってしまう。これは普段味わえない、「非日常」ではないだろうか。「非日常」で思い出したのだが、「現代生活はソファーとベッドの生活が主流だ。」なんて言う人もいるだろうが、日本のほとんどの家には「和室」がしつらえてある。使われ方はというと?お客さんが来たときだけ使うとか、箪笥の置き場で着替えるときに使うとか、あるいはリビングの延長で、ついつい昼寝をしてしまう。まあ、様々だろう。そもそも、和室の起源は、座って使うことを基本にし、座って周りが一番良く見えるようにと考えられている。縁側の雪見障子がそれを物語っている。それが「非日常」と、どんな関係があるのかって?それは、和室によく仏壇を置くように、そこは神聖な場所。部屋の真ん中に自分の身を置き、座ってしか見ることのできない風景を眺めたり、空気を感じたりと、普段の「自分」を見つめ直す、いわば「日常」から自分を解き放ち「非日常」に自分を置く「回想」の場所である。
今の時代「原点回帰」で、たまには「自分」を見つめ直すことがあってもいいのでは・・・・・。
スポンサーサイト

Comment

管理人にのみ表示する


Track Back
TB*URL

Copyright © 建築家のひとり言. all rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。